AV黎明期

「AV」が初めて世に出たのは、1981年5月「日本ビデオ映像」から発売された「ビニ本の女/秘奥覗き」「OLDワレメ白書/蒸れた秘園」の2作品が最初だといわれています。
それ以前にもAVに準ずるものはありましたが、それは「にっかつロマンポルノ」のビデオ版だったり、ラブホテル用のビデオだったりしたため、販売用のビデオということを意識して制作された「AV」はこの2本だといえるでしょう。
同年に佐々木忠監督・愛染恭子主演の「淫欲のうずき」がリリースされます。
その後、同監督の「ザ・オナニー」シリーズの大ヒットにより、ポルノ映画とは違うビデオならではの生々しいエロを描き出すメディアとしての、後のAVのひとつの方向性が見えてきます。
当時はまだビデオをレンタルするシステムが無く、初期は裏ビデオなのかAVなのか定かではありませんが、「ビデオデッキを買ってくれたら、これをオマケしますから」と電気屋さんがお父さん向けのオマケとしてつけてくれていたという話も聞いたことがあります。
それでも当時からビデ論は存在しており、VIPや宇宙企画、KUKIなどビニ本会社から転身したメーカーをふくむ、多くのビデオメーカーが加盟していました。
しかし、まだその存在はアングラなもので、「AV=裏ビデオ」のことだと思っている人も少なくありませんでした。
「洗濯屋ケンちゃん」などの裏ビデオの方が有名で、ビデ論のAVは逆に「表ビデオ」と呼ばれていたぐらいです。
当時のビデ論は「カラミが3分以上続いてはいけない」など、縛りが強かったため、ポルノ映画の延長のようにしか見られていませんでした。